pure g three
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2003年に大学の音楽サークルにてayakoを除く3人がpure g threeを結成した。群馬の主要ライブハウス(FLEEZ, RATTAN,TRUST55等)で音を鳴らし始める。当時はdaisukeがギターとボーカルを兼任していた。

パッとしない大学生活を糧とした音楽。バンドを始めたことで特にモテることもなかった。そのことが彼らの音楽をより鬱屈とした激しいものにしていった。

当時は現在よりも直線的な音像であった。音響的アプローチはまだなく、静から動へ音が変化する瞬間のカタルシス、その一点に集中していた。ひょっとしたら、経済的制限・音楽知識の稚拙さによるものだったかもしれない。だがその音が、当時の彼らのリアルを映し出していたことは間違いない。

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大学卒業後、彼らは働きながらバンド活動を続ける選択をした。社会生活とバンド活動の両立。多くのバンドマンにとって、一つの分岐点になるであろう「社会人かバンドマンか」という問題。彼らはその二つの道に足を掛けることを選択した。同時に東京での活動も開始した(池袋手刀, 新宿JAM, 渋谷CYCLONE等)。それは東京が生活拠点になるメンバーが増えたことによるものだが、それだけでなく、自分達の音楽・スタイルがどこまで通用するのか試すという、彼らなりの挑戦であったように思う。

東京での活動を開始したあたりから、彼らはちょっと「オシャレ」になった。それは大学時代とは異なる経済状況、音楽的に幅が広がったことが要因かもしれない。それは、2008年にayakoが加入したことで、より決定的なものになった。フィメールボーカルを据えることにより、格段に見栄えが良くなった。魅せるバンドへの変化(進化といってもいい)である。

彼女の加入は、当然音楽的にも変化を与えた。彼女独特の浮遊感のある歌声により、これまで静と動を直線的に往復する曲に対して「横揺れ」が加わった。これにより、彼(彼女)らの楽曲はより深いものになっていった。また、サウンドにも洗練さが加わっていった。単純なディストーションのON/OFFだけでなく、空間を意識したディレイサウンド、ベースの飛び道具的プレイ、こだわりのあるシンバルサウンド等、音響的にも奥行きが構築されていった。

魅せるバンドへの意識はライブ演出にも表れている。プロジェクターを導入し、ライブ演奏と同期させて投影することで、視覚的にも浮遊感を演出している(※特定の会場でのみ行っている)。

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彼らは現在もマイペースに着実にライブ活動を続けている。

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